応援できる人やチームがいるというのは、とても良いものだ。いままでは、そういうものに若干の冷ややかさを持っていたけれど、深く考えずに目の前のものを楽しめばよいと思えてきた。まあ、勝負事であればどうしても、勝ってこそ、というところもあるにはあるけれども。


私は、あらかじめがちがちに決めていくと、その場でアレンジが効かないタイプなのだな、と自覚した。窓を開けようとして、はじめから開いていることにも気づかず、あとになってわかるというか。知らないうちに、守られているものがあったのだな、と感謝するというか。そして、「なんとなく」感じていることを言葉で伝えるのは難しくて、ラベルや形になりそうなものを探すのだけれど、どれも馴染まないなら、もう「なんとなく、ただただ、楽しかった」しか表現しようがないんだろうな、という気がしている。


自分の経験が人の役に立つことがあるのだな、と思えている。どうしても情報の正確性みたいなものを考えるとためらう場面もあるのだけれど、主観のまま伝えていいのかもしれない。


何かしていると、定期的に「これはやっている意味があるんだろうか」とふと思ったりするのだけれど、なるべく考えないようにしたい。というのも、1年半くらい先までやることがある程度決まっている状況で、それはもう決めたことだから、積み重ねていくしかないわけで。


久々に一日だけ休みがあって、リコーダーの音を聴いたり、ソファでうたた寝したりした。なんもしてないけど、なんもしないことにも意味があると思った。